無痛無心、一切合切の感情なく、生まれてから死ぬまでの一生を全うできる人などいるはずがない。

 そんなことは言うまでもないが、逆説的に、貧富や出自や生きる社会にかかわらず、この世界に生きるひとすべてに何らかの煩悶があることは間違ないだろう。

 「朝ベッドの上で目を覚ます

 そんなフレーズを思い浮かべる私の中でさえ、沸々とすでに感情が湧き起こる。第一に朝ベッドで目を覚ます人がどれだけいるのか、目を覚ます時がいつだった朝だというのは必ずしもそうではないし、その瞬間に身に起こる感情が絶望が希望か、どちらだってあり得てしまう。

 その国で起こっていること。その社会の当たり前。その職業の習慣。その性別の特質。その生活の形態。

 言い出しては仕方のないことだし、それを思い描いたところで、一体私に何ができると言うのだろう。何もできないのだろうか、いや、今、ここで頭をゆすって感情と理性とを揺り動かすということはどうだろうか。「朝ベッドの上で目を覚ます」というなんの変哲もないフレーズから、ああだのこうだのと思案をめぐらすこと。それだけでも、蝋で固められたような目線の先のビジョンを揺り動かすことに繋がりはしないだろうか。

 どれだけ捻って抓っても外れないボルトをがたがたと揺り、少しずつ、ただ着実に綻んでいくさまのように、感情と理性とがそう働き出している。

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